8.逆さ吊り

僕はまるで、時代劇に出て来る牢番のようだった。
シニサロのモトクロス用の手袋をした右手に、黒い麻縄を握っている。縄の先は、前を歩く素っ裸のMの腰を二巻きした縄に繋がっていた。彼女が歩みを進める度に、白い尻が怪しく揺れる。尻を割った二条の縄の結び目が、性器と肛門に押し込まれているせいか、苦しそうに尻を振って一歩一歩を慎重に進める。歩む度に尻の筋肉が、きゅっと収縮するさまが僕の淫らな性感を刺激する。
Mの歩みに連れて柔らかな粘膜をなぶる、性器と肛門に挿入された結び目は、どんな痛苦と恥辱を彼女に与えているのだろうか。僕は、自分の肛門をえぐった縄の感触を、ざらついた痛みと狂いたくなるような恥辱とともに思い出した。

揺れる尻の上には、後ろ手に交差された両手首が緊縛され、首筋近くまで高く持ち上げられている。固く握られた両手が寒さの予感に、微かに震えたようだった。
こころなし、首を下げて歩く全裸のMの前を、暖かそうなクロテンの毛皮のコートを着た母が、手に黒い鞭と縄の束を下げ、ケンを引き連れて自動ドアへと向かう。僕の後ろからはエディーバウアーのダウンジャケットで身を固めた父が続いているはずだ。
厳寒向けの重装備の一団の中で、素っ裸のMだけが場違いな存在だった。

自動ドアの開く音と「うー、寒い」と言う母の声に乗って、強烈な寒気が頬を打った。
目の前で、Mの裸身がブルッと震える。
躊躇することもなく、母とケンは漆黒の屋外に出て行く。毅然とした母の背中に急かされるように外に出た僕の目には、ぼんやりした街灯の明るさしか見えなかった。

ブーツを通して、さくさくした雪の感触が伝わって来る。
目が暗闇に慣れると、外は意外に明るい。街灯に反射する雪明かりで、新聞が読めると思われるほどだった。
風はなく、大きな雪の結晶が音もなく、ただ深々と舞い落ちて来る。

静かだった。
すべての音を吸い取って積もる雪は、凍て付く寒さの中で綿菓子のように湿気のないパウダースノーになっていた。でも寒い。羽織っていたパーカーの襟を合わせ、Mを見つめる。彼女の裸身は雪よりも白く見えた。小刻みに震えながら小さな歩幅で歩む白い肌に、雪が舞い降りる。黒々とした髪はもう、うっすらと白くなり掛けていた。僕は慌てて縄尻を捨て、パーカーを脱ぎ、フードを立て、緊縛された裸身を頭から覆った。

「余計なことをするんじゃない。その女は覚悟を決めているんだから、あんたの出る幕じゃないの」
振り返った母に怒鳴られて身をすくめ、パーカーを情けなく剥がした。頭に深く掛かったフードを外すとき、彼女と目が合った。寒さに凍えきって固くなった頬に、無理矢理微笑みを浮かべようとした震える口元で、ゲランの赤が鮮やかに僕の目に映えた。
「だいじょうぶよ」と、彼女の唇は動いたのだ。
そう、Mは大丈夫に決まっている。彼女は憧れのプリマなんだから。
僕は大きく身震いし、前を行く母に分からないようにして彼女の肩先に唇を当てた。凍る肌で唇が痛み、舌先で解けた雪に彼女の香りが混じった。

「ごほん」と、後ろで父の空咳が聞こえた。見られたっていいと僕は思った。身悶えするほど羨ましがればいいのだ。
いつの間にか、前を歩く母との間が開いた。僕はできるだけMの身体に密着するようにして、裸身に降り掛かる雪と寒気を妨げようとした。僕の体温をいくらかなりとも彼女に感じ取られたいと、ただそれだけを思い、のろい歩みがますます遅くなる。雪を踏みしめる素足はきっと、感覚を無くして凍り付いていると思うと、母の仕打ちが恨めしく、抗議一つできなかった自分が責められてならなかった。

「早くしなさい」
数メートル先の梅の木の側から、母の鋭い声がとんだ。降り続く雪のため、はっきりとは見えないが、母は二本の梅の木に挟まれ、疎水越しに光る街灯をバックにした黒いシルエットで、足を開いて立っていた。もっこりした毛皮のコートが黒い雪だるまのように見える。十センチメートルほど足が沈み込む、深々と積もった雪に足を取られ、ふらつきながら母の前に進んだMに「正座しなさい」と、冷たい声が命じた。
「凍えきってしまうよ。もう許してやってよ」
母の指示が聞くに耐えられず、泣きそうな声で僕が頼むと、
「黙っていなさい」と、毅然とした声で応えたのは、母ではなく彼女だった。
静かに膝を折り、雪の上に端然と座ったMの裸身を見下ろし「この寒さに素っ裸でいても、まだ頭が熱いようね。十分頭に血を上らせてから冷やした方がいいみたいね。一石二鳥のやり方で熱を冷ましてやるわ。足を開いて、雪の上に仰向けになりなさい」と母が命じた。
傲然と母を見上げてうなずいたMは、正座のまま後ろに倒れ、長い両足を大きく横に開いた。積もった雪が身体を優しく受け止め、白々とした裸身の半ばが、雪に埋もれた。

黒い縄を持った母が彼女の足元に屈み込み、足首に厳しく縄を縛り付けていく。
両方の足首に縄をくくりつけた後、左右の縄を分けて父と僕に持たせた。Mの裸身を逆立ちにさせて、二本の梅の木の間に吊せと言うのだ。

「あなた達は、私の指示に逆らえるほど、立派なことをやっていたの。早く、この女を吊しなさい」
縄尻を持ったまま、互いに躊躇している父と僕に叱声が飛んだ。
仕方なく二人は左右の梅の木に別れ、手頃な枝目掛けて縄を投げた。木と木の間は二メートルは離れていない。父と僕は互いに顔を見つめ合って呼吸を合わせ、できるだけ彼女に苦痛を感じさせないようにバランスを取りながら、縄を引き絞っていった。

宙に吊り上げられるMの重みで枝がたわみ、降り掛かる雪に梢から落ちる多量の雪が混じった。左右に押し広げられた股間を落ちた雪が被い、痛々しく股を割った二本の黒縄を白く覆った。
空に向かって両足を開いたまま、二本の梅の木の間で逆立ちに吊された彼女は、頭の半分ほどが降り積もった雪の中に埋もれた。
その姿はまるで、純白の若木が雪を割って生え出したようだった。樹皮に絡み付く黒いツタのように、裸身を縛った麻縄が凶々しい。

「これで全身の血が頭に降りれば、生意気で淫乱な頭を完璧に冷やさせることができるわ」
満足そうに言った母は皮鞭を取り上げ、彼女の正面に立って一閃した。
大きく開かれた股間を鞭先が厳しく打った。ビシッとくぐもった音が雪に吸い込まれ、無惨に押し開かれた股間の雪が激しく舞った。白い衣装を剥がされた股間に、黒々とした陰毛と、縦に身体を割った黒縄が残酷に姿を現す。
また鞭が一閃された。今度は鞭先が股間を越えて尻に届き、ピシッと鋭く皮膚を打つ乾いた音が耳に響いた。鞭音は続けて五回雪原に鳴り渡り、吊り下げられた裸身が雪の中で揺れた。

「代わって打ちなさい」
顔をほてらせた母が白い息を吐きながら、手に鞭を持たせる。押し返して首を振り、子供みたいに嫌々をすると風向きが変わった。
「やはりチチが見本を示してからよね」
数歩離れたところで、部外者のように立ち会っている風情の父に、母が鞭を突き出す。
「まさか、あなたまで嫌とは言わないでしょうね。一番の当事者なんだから。はっきり、けじめを着けていただきますよ」

黙って近寄った父は、皮鞭を受け取った途端、無造作に振り返りざま一閃した。鞭先が下方に流れ、右の乳房を激しく打った。黒縄で菱形に緊縛され、くびれて突き出された豊かな乳房の上に、ツンと立った乳首を中心にして赤黒い鞭痕が残った。
次の鞭は臍の上に飛んだ。滑らかな腹に痛々しい鞭痕が残る。
Mは歯を食いしばったまま耐え、悲鳴を上げようともしない。

「これでいいかな」と、つまらなそうに言った父が皮鞭を投げてよこした。
反射的に手に受けた僕は、彼女の肌を裂いた鞭に頬を当て、舌で舐めた。微かに血の臭いを嗅いだような気がして目を落とし、彼女の顔をうかがう。
頭の大部分が雪に埋もれ、逆立ちした彼女の目が僕に注がれていた。大きく開いた瞳は澄み、眼差しは優しかった。僕は小さく頷いてから、鞭を大事に抱え、彼女の後ろに回った。
彼女はきっと、正面から鞭打つ姿を見ていたかったはずだと思ったが、どうしても僕は耐えられなかったのだ。また、彼女が見えるところに鞭痕を残したくもなかった。
目の下に大きく開かれた豊かな尻があった。白い裸の尻の左右に、しなやかな両足が大きく開かれて吊られている。股の間に、背中を曲げた父と母の姿がやけに小さく見えた。
僕は大きく皮鞭を振りかぶり、尻の右側に振り下ろした。返す鞭先で続けて尻の左側を打った。鋭く二度鞭音が響き、彼女の口から「うっー」と、低いうめき声が漏れた。黒い縄が食い込んだ尻の割れ目の、左右の美しい球面に二本、鮮やかに赤い筋が残った。

彼女はなぜ、僕が打ったときだけ声を上げたのだろうか。不思議だった。でも、うれしかった。「理不尽な舞台の上で、辛うじて僕の気持ちが通じた」と思いたかった。
「寒くて仕方ないわ。中に入りましょう」
乾いた声で母が言った。
その言葉を待っていたように僕は、Mを解放しようと、足を吊った梅の木へと駆け寄った。
「その女はまだ晒しておくのよ。頭を冷やさせるんだから」
鋭い叱声を浴び、幹に繋いだ縄に手を掛けたまま、僕は冷たく押しとどめられてしまった。
「この寒さだ。三十秒は持たないよ」と父が冷たく言う。
「三十秒ですって。とんでもない。五分間よ。決めましたからね。五分間そのまま晒して置くのですよ。チチもあなたも分かったわね。いらっしゃい」
僕に向かって言い放った母は、そのまま蔵屋敷の方へ足早に去って行く。ケンが母の周りをうれしそうに飛び跳ねながら、後に続く。仕方なく僕も肩を落とし、とぼとぼとMを残して歩く。寒い。
彼女はまだ、寒さを感じる感覚が残っているだろうか。
考えながら歩き、自動ドアの前まで来て振り返ると、街灯の青い明かりの中に舞う、灰色の雪の中にはっきりと逆さ吊りの裸身が見える。一面の雪景色をバックに、きめ細やかな肌の感触さえ分かるほど鮮明に、彼女が見えた。

「早く入りなさい」
母の呼ぶ声を無視し、雪の中で棒立ちになって目を大きく見開き、僕は異様な光景を見つめていた。
Mの傍らに残っていた父が、やにわに服を脱ぎ始めたのだ。
ダウンジャケットを脱ぎ、オーバーオールを肩脱ぎするや、パンツごとずり下げ、ブーツとともに脱ぎ捨ててしまう。残ったセーターをシャツと一緒に脱いで素っ裸になった父は、逆さ吊りのMの顔を跨いで身体を抱きすくめたのだ。

彼女の顔の上に、父の尻がのし掛かっている。
雪明かりの中で音も聞こえず、深々と降る雪の中で演じられた無言劇に僕は度肝を抜かれた。
凍えきったMの身体を温めようとする気持ちは良く分かるのだが、父の行動はやはり、父ならではのものだった。
「ずるいっ」と内心、叫んではみたが、もう手遅れだった。
やみくもに駆け出してみたが、気が急くばかりで雪に足を取られ、短い距離なのに何回となく転んだ。
全身雪まみれになって駆け付け、父の背に「チチはあんまりだよ」と泣き声で叫んだ。
目の前に、父の大きな裸の背中があり、尻の下に彼女の髪が見えた。
「後三分だ。おまえも脱げ」
背中を向けたまま、父が怒鳴る。
僕は大慌てで服を脱ぎ捨てた。素っ裸になった全身が瞬時に凍える。大きく身震いをして這うように、Mの背後に回った。

飛び付くように、吊り下がった裸身にぴったりと張り付く。
凍り付いた鉄板に抱き付けばこんな感じになるかと思われる冷気が、素肌を突き刺す。余りの冷たさに頭が空白になり、ただ狂ったように尻の割れ目に顔を突っ込み、舌を伸ばして陰部を舐めた。
両手は高く伸ばし、左右に割り開かれた凍える両足をまさぐる。涙が止まらないほどに溢れ落ち、鼻水がしきりに流れる。股間をはい回る口に溢れた唾とともに、彼女の陰部に吸い込まれて行った。

凍り付いた、永遠に続くような時間が過ぎ、あれほど冷たかった彼女の身体が、吹きっ晒しの僕の背中に比べ、いとおしいほどに温かく感じられて来たとき、
「さあ、五分経ったぞ。Mを下ろせ」と父が叫んだ。
凍える指で木に縛り付けた縄をほどこうとするが、うまくいかない。ドジな僕より父の方が解くのが早く、彼女は片足吊りの捻れた格好でぶら下がってしまった。駆け寄って来た父に押しのけられた僕は、Mの裸身の前に屈み込み、片足吊りの不安定な裸身を両手で抱え上げた。途端に、残っていた縄を父が解き放つ。落ちて来た裸身を、僕が受け止めることになったのだ。
「ざまあみろ」と内心ほくそ笑んで、彼女を強く抱いて立ち上がった。温かな肌と冷たい肌が交互に、僕の胸から腹に感じられるのがうれしい。

僕は彼女を抱いたまま、降り積もった雪の中を慎重に歩く。
世界中の人に見せたいくらいにヒロイックだった。素っ裸の僕が、全裸で後ろ手に緊縛されたとびっきりの彼女を抱いて、雪景色の中を歩いているんだ。プリマを抱く僕がヒーローじゃあないなんて、誰にも言わさない。
おまけに彼女は、小さな声で「ありがとう」って言ったんだ。こんな過酷な状況の中でも、僕のペニスはすぐ大きく勃起した。歩く度にペニスの先に、冷たい尻が触れる。なんてすばらしい気持ちなんだろう。たまらなくなった僕は腕の力を緩め、彼女の尻がもっとペニスに触れるように、抱き方を変えた。

直立する熱いペニスを、冷たい尻が密着したまま圧迫する。
僕は、三歩歩くのが限度だった。凍り付く寒さの中で全身が痙攣した後、僕は感極まって射精した。その拍子に、慎重に歩いていた足を雪に取られ、彼女を抱いたまま後ろにひっくり返ってしまった。
「ばーか」と嘆くMの声が、雪に倒れ込む不快な感触の中で耳に残った。もちろん、僕に異論はなかった。


次項へ
BACK TOP



Copyright (c) 2010 AKAMARU All Rights Reserved.